孤独力を磨くステップ3

日の丸の由来

【日の丸の由来】をご存知ですか?

日本の国旗は、一般的に「日の丸(ひのまる)」と呼ばれる事が多いですが、正式には「日章旗(にっしょうき)」といいます。

農耕民族だった古代日本人にとって、太陽はとても大切な存在で信仰の対象となっていました。

日本人の総氏神であり、皇祖神(こうそしん・皇室の祖とされる神)である天照大御神(あまてらすおおみかみ)も太陽神だといわれています。
「お天道様が見てるよ」
こんな言葉を聞いた事はありませんか?


推古天皇(すいこてんのう・在位593年~628年)の時代に聖徳太子が、隋(ずい・現在の中国)の煬帝(ようてい・ようだい)へ「日出處天子・・・」で始まる国書を送り、飛鳥時代(592年~710年)末期に国号を「日本(日ノ本)」と命名したことからも、太陽や日の出を意識し、日が昇るということを重視していたことがわかります。

太陽を象(かたど)った旗が用いられるようになったのは大化の改新(645年)以降といわれており、文献に初めて登場したのは797年の「続日本紀(しょくにほんぎ)」です。

「続日本紀」では、文武天皇(もんむてんのう・在位697年~707年)が701年の朝賀の儀で儀式会場の飾りつけに「日像」の旗を掲げたとありますが、白地に赤丸ではなかったようです。

歴史的にみると、世界中で太陽を赤く描くことは少なく、一般的には黄色や金色で太陽を表し、日本でも平安時代(794年~1185年)の末期までは赤地に金丸だったようです。

現在の白地に赤丸のデザインになった明確な理由は不明ですが、一説には源平合戦の結果が影響しているとも言われています。

平安時代末期の源平合戦(1180年~1185年)では、平氏が朝廷の象徴である「錦の御旗」と同じ配色の「赤地に金丸の旗」を、源氏が「白地に赤丸の旗」を掲げて戦い、源氏が勝利しました。

平家が滅亡し、源氏による武家政権が誕生すると、代々の将軍は源氏の末裔を名乗って「白地に赤丸」の日の丸を掲げ、天下統一を成し遂げた者の証として受け継がれていったといわれています。
もしもこのとき平氏が勝利していたら、現在の日の丸は「赤地に金丸」になっていたかもしれません。

また、日本では古来より「紅白」がめでたい配色とされていたことから日の丸は「白地に赤丸」になったという説もあります。

明治時代には日の丸のデザインがとても美しく、洗練されていることからイギリスやフランス、オランダなどから「日の丸を500万円(現在の約200億円)で売ってほしい」と正式に依頼されたこともありました。

当時の明治政府は財政難で、喉から手が出る程ほしいお金でしたが、国旗を売り渡す事は、国家を売り渡す事と同じであるとして、この申し出を断ったそうです。

余談ですが
北野たけしさんが映画座頭市を作ったきっかけはわかりませんが
我々の親の時代は衣食住だけの為に身を粉にして働いておりました
そして子供の頃に座頭市がTVで流行り
涙を流しました
きっと北野たけしさんも子供ながらに心に残っていたのでしょうか?
同じ下町生まれなのでそんな気がします

ひとりビジネスの楽しみ方

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